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オープンガバメント実践紹介

オープンからはじまった、協働プロジェクトの実践
〜横浜市金沢区からの報告〜

日本最大の人口を抱える横浜市には18の行政区がある。
そのひとつである金沢区では、ある子育てポータルサイトの構築をきっかけとして、それまで脈々と続けてきた区民との「顔の見える関係」とICT活用を掛けあわせた地域課題解決の取組みを先駆的に行っている。
そのチャレンジとはいったいどのようなものだったのか。

課題先進区 -金沢区

金沢区は、横浜市の南端に位置する人口約20万人の緑溢れる区である。鎌倉幕府の港の要衝として栄えた土地の歴史は古く、鎌倉北条家の菩提寺である称名寺に隣接する「県立金沢文庫」では、様々な重要文化財を見ることができる。区内にはコアラのいる金沢動物園、年間300万人が訪れる横浜八景島シーパラダイス、横浜で唯一の砂浜を持つ海浜公園「海の公園」では潮干狩りを楽しむことができるなど楽しみにも溢れる区である。
一方で人口増加を続ける横浜北部と対照的に、いち早く人口減少と少子高齢化が進む区でもあり、海や急傾斜地を多く抱える土地柄、防災への備えが求められるなど「課題先進区」としての側面も持っていた。

「そうした危機感が行政だけで課題を解決するのではなく、これまで以上に区民の皆様と共に手を携えて様々な課題に立ち向かわないといけない、という意識を生みだすこととなりました。」と地域振興課の石塚さんは語る。
金沢区では、区内に14ある連合町内会の地区毎に、区役所の職員、地域ケアプラザ、社会福祉協議会の職員が集まって「地域支援チーム」を作り、顔の見える関係作りと年2回地域の皆様が集まって情報共有などを行う「地区推進連絡会」の運営などを行っている。
地区推進連絡会では、自治会町内会だけでなく、民生委員、各種団体、学校、保育園、警察が一同に集まり、活動や課題についてざっくばらんに話し合い、そうした関係性の中でスムーズな連携を生むことに繋がっている。
しかし、一方で多様化・複雑化する課題に立ち向かうためのリソースは常に不足し、人的にそれを補い続けることにも限界があるということが見えつつあった。
そんな中で、リリースされたのが「かなざわ育なび.net」である。

子育て情報伝達の課題解決を目指す -かなざわ育なび.net―

金沢区のオープンデータを活用した子育てポータルサイト「かなざわ育なび.net」は、平成27年8月1日で開設2周年を迎えた。
単純な子育て情報の提供に留まらず、郵便番号と子どもの生年月日をインプットすることで、関連する情報を上位に表示する「パーソナライズ機能」を備えた動的サイトであったことから、新しいカタチでの情報提供を行うサイトとしてNHKや各種媒体に取り上げられるなど話題になった。
そして、さらにもうひとつの特徴として、かなざわ育なび.netを作るために整備したデータをオープンライセンスのもとで公開したことから、オープンデータの先進的活用事例としても取り上げられることとなった。

「オープンデータを取り入れた理由は2つあります。ひとつ目は、ひとりの担当で複数の部署が出す様々な子育て関連情報を取りまとめることは難しく、各所管部署に協力をしてもらわないと立ち行かなくなると思ったこと。もうひとつが当然ながらオープンガバメントの潮流を見据えて、オープンな土壌で様々な人の力を結集させる流れを作りたかったことです。区の内外の方々の力を借りながら、育なび.netを常にバージョンアップさせていけるような風土を作りたいと思いました。」(石塚さん)
当時金沢区長であった林琢己氏は、オープンガバメントの「透明性・参加・協働」という理念に共感し、かなざわ育なび.net公開の翌年に地域振興課にICT担当として3名の職員を配置した。
「区役所で人員を増やすというのはものすごく難しいのです。しかも3名も増員するなんてほとんどあり得ません。ただ、それだけ危機感があるということの表れでもありますし、育なび.netの提案者であり、構築・運用担当であった自分としては責任と期待の大きさを感じました。」と石塚さんは振り返る。

かなざわ育なび.net

予防接種カレンダー かなざわ育なび.net

本格的なオープンデータ・ICT活用へ

金沢区では、育なび.netを構築した数か月後に主要課の職員を集めた「オープンデータ推進プロジェクト」を立上げて勉強会などの啓発活動、オープンデータ推進の指針策定などを開始。さらに、横浜市内の区役所としては初のアイデアソンを実施するなどの活動を展開した。
その後、平成26年度に前述のICT担当が配置され、組織としてもオープンデータおよびICT活用を推進する体制が整うこととなる。
その後の主な動きは以下のようなものであった。

石塚さん

石塚さん

現在ではオープンデータの先進都市としてその名を全国に轟かせている横浜市で、全体の政策を担当するのは政策局政策支援センターであるが、区とはどのように連携を取っているのだろうか。

「政策局は当然ながら市全体の方針や施策を展開しますが、区役所は市民に一番近い行政機関として、区ごとの課題に即したデータ公開やICT活用を進めていく必要があると思いますので、全体の方針をベースにしつつも、金沢区として必要なものをピックアップしていくということです。また、消防署や土木事務所、子ども家庭支援課、福祉保健センターなどミニマムに行政機能が集約された区役所は、ちょっと歩いていけばすぐに関係者に声をかけることができるというメリットがありますので、そうした部署と様々な連携を行いながら事例を作り、各局にデータ活用の具体例を示していくという役割も果たせると思っています。」(石塚さん)

現在横浜市ではWEB全体をオープンデータ化するという方向でCMSの更新作業などが行われているが、そうした動きも捉えつつ、現場の区役所職員が動きやすいデータ更新のフローを作れないか常にアンテナを張っているという。

「データ更新作業を行うのは、あくまでも現場にいる職員です。そこに無理なフローを押し付けるとデータの質や鮮度に影響を与える恐れがあります。育なび.netでは、毎年「福祉保健センターからのお知らせ」という紙媒体の更新に合わせて各部署からデータを取得し、印刷媒体と育なび.netの双方で活用していますが、後で聞くと担当職員はデータを作っているという意識は全くなかったようです。職員は今でも日々の業務の中でデータを作っているわけですから、それが自然に出てくるようにした方が全体のコストを抑える意味でもいいと思っています。」

金沢区子ども家庭支援課では、オープンデータ推進に伴いデータの棚卸をしたことをキッカケに区役所・保育園・子育て支援拠点の担当が集って子育て情報を共有するための検討会を立ち上げ、石塚さんもデータアドバイス担当として参加しているという。
ここで集めたデータは、育なび.netはもちろんのこと、現在区が発行している子育てマップなどのベースとして活用される予定である。それまでは媒体を発行するたびにデータ集めなどを行っていたが、育なび.netを中心としたこれまでの活動によって「ワンソース・マルチユースのデータ活用」が現場の職員にまで浸透しつつある証であるといえる。

わかりやすいICT活用事例創出へ

一方で肝心の区民への訴求という点ではどうなのだろうか。
「オープンデータやICTを区民価値に変換する時に最も重要なことは「わかりやすさ」です。金沢区は高齢化率が他の区よりも高く、自治会町内会の担い手も高齢化しつつありますので、オープンデータも充実しながら、そうした方々へそもそもICTというのは何ができるのかということを示す必要があります。そんな中で目に留まったのが世界銀行ハッカソンでグランプリに輝いた「Save the Baby」という取組でした。」(石塚さん)

それはシンプルな仕組みだった。
情報を発信したい側が自由に打ち込んだテキストが、APIを通じて音声通話に変換され、情報を届けたい人に発信される。着信した人は音声通話に従って設問への回答をプッシュダイヤルで選択する、というものである。
スマホやWEBにはなじみがなくても、電話に馴染みのない人は滅多にいない。
しかも1秒あたり1件という発信速度によって、数百ユーザー程度であればわずか数分で発信が完了する。世界銀行ハッカソンの際の「母子健康手帳」というコンセプトは採用できなかったが、金沢区が抱える災害時の情報発信には親和性が高いかもしれないというと、提案者がすぐにシステムのイメージを提示してくれ、協働による構築がスタートした。
提案者は自らのリソースを使って開発を行う、それに対して金沢区はいくらかのシステム使用料を支払いながら、まず区内に43ある保育園を対象として発信テストを行い、その結果生まれたデータや課題を検証やシステムブラッシュアップのために提供するという役割分担で進んだ。実際、保育園への発信だけでも想像もできないような事例が次々と起こり、生身の人間を超えるシステムの検証環境はないと思わされたという。
システムは無事にローンチし、今では区内172の自治会町内会、保育園、学校、地域ケアプラザなど300以上を登録し、2か月に一度の訓練発信を行いつつ、実際の災害時に活用されている。(緊急時情報システム(5Co Voice))
こういったシステムは、広く活用された方がいいという理念から、開発は著作権を縛る委託契約の形を取らなかったため、システムは一般販売されており、他の自治体などでも容易に導入が可能である。事実、東京都足立区が「あだち安心電話」として本システムを導入することを平成27年11月24日の定例記者会見で発表している。

こどもプログラミング教室

アプリコンテスト

もうひとつの事例として、金沢区役所に眠っていた写真を活用した画像オープンデータサイト「金澤写真アルバム」がある。ヒストリーピンという昔の写真と今の風景を比較するサイトを見て、昔の写真を活用したイベントを行いたいという話が横浜市大で持ち上がった際に、区役所倉庫に眠る写真を再び陽のもとにさらしたことがきっかけとなった作られたサイトである。
横浜市大では、平成26年秋にそれらの写真を活用して「並木思い出を紡ぐ会」という写真を媒介に多世代がまちについて語り合うイベントを金沢区並木エリアで展開。石塚さんはその貴重な写真達をより活用しやすくしたいということで、金澤写真アルバムの構築を企画した。
「金澤写真アルバムは、写真の提供もお受けしているのですが、開設した際に、新聞やYahooトピックスなどに取り上げられたこともあって、今まで5名ほど写真の提供がありましたが、驚いたことに、ほとんどがWEBやスマホは活用しないという方ばかりでした。オープンデータやWEBはわからなくても「誰かの役に立つなら」ということでわざわざ区役所に足を運んでくださる方がいる。そのことが本当に嬉しいと思いました。(石塚さん)

その後も金沢区はプログラミング教室やアプリコンテストへの参画、ハッカソンなど様々な事業を行っているが、事業を行う際は「どこと連携してできるか」を常に念頭に置くという。

新しい価値観の生まれる土壌作りを目指す

プログラミング教室であれば、企業や地元の大学と連携して学生を講師役として養成したり、アプリコンテストは全国的なアプリコンテストにブロック拠点として参画する、ハッカソンであれば地元のシビックテック団体である「Code for Yokohama」と連携するなど、常に区の中だけで完結しないような枠組み作りを行うという。

「金沢区の中のリソースだけで勝負をしていくことは当然不可能です。いかにして外の資源や情報を呼び込み、区民価値の向上に繋がる「イノベーションのタネ」を多く抱えておけるかが今後の地域の命運を分けるのではないかと思っています。等価交換を表すGive & Takeは、まずGiveが先に来ますが、オープンにするからこそ、その開いた入口に向かって様々なものが流れ込んでくるのであって、ドアを閉ざしたままでは単に跳ね返して終わりです。金沢区が謳う「ICTプラットフォーム」とは、そうして様々な人が行きかう場作りであり、新しい価値観の生まれる土壌作りだと思っています。」(石塚さん)

今後も金沢区で展開される様々な動きに注目したい。